こんにちは。朝山です。
社長就任以来の初投稿になりました。今後ともどうぞよろしくお願いします。
社長という肩書のインパクトが想像より大きかったので正直なところ少し驚いています。
いきなりでびっくりしました、という反応も多かったので、少しばかり経緯をご説明できればと思います。
システムフレンドの設立は1997年8月13日ですので、今月はまさに20周年に当たります。
創業メンバーは現会長の岡本と私こと朝山の2名でした。
岡本は前職時代の私の上司でして、岡本からは仕事の厳しさも学びましたが、何より仕事の面白さも教えてもらいました。岡本に付いてあちこち出張したり、さまざまな業種のお客様の仕事をさせてもらいました。そのようなわけで、まだ前職の際に、岡本がやめて親の世話のために地元に帰るかもしれないという話を聞いたとき、「岡本さんがやめると仕事がつまらなくなるな」と思いました。(結果的には、親元に戻られるということはありませんでした)
そのしばらく後に、出張先でひと仕事終わり、一緒に食事をしている席で、辞めて独立しようと思うという話を聞きました。その際、一緒にやらない?と誘われたのですが、素直にうれしかったので「やります」と即答したのがシステムフレンドとの関わりとの始まりになりました。どうせ一緒に始めるのなら、勉強と思って出資してみたらどうかと勧められたので、それもまた即答で出資させてもらうことにしました。1割でしかありませんでしたが、私自身も創業者の1人だという意識を持ってこれまでやってきました。
今になって思えば、「何をするか」より「誰とするか」という視点で選択をしたということなのですが、若い時の選択としてはその視点は悪くないのではないかと思います。
社員が増え、2003年に有限会社から株式会社に組織変更した際に、正式に取締役になりました。
2008年からは東京支社を作ることになり、東京に移転しました。EC-CUBEやaipoなど、オープンソースのソフトを使った開発を提案するスタイルがうまくいき、マンションの1室からスタートして、小さいながらもオフィスを借りることができるようになりました。当初、5年程度東京に行って、その後広島に戻るという計画でしたが、東京のお客様が多くなって広島にはなかなか戻れないという状況が現在まで続いています。
2016年からは医療機器・福祉機器の東京側での販売の支援もすることになり、そちらのほうも徐々に結果が出始めているという状況です。
もともと岡本がCEO的に、東京支社設立の件や医療機器販売の件など方向性を決めて、私がCOO的に実行するというスタイルで、ここ10年ばかり運転してきています。岡本が会長になり私が社長になっても、その役割分担は大きく変わらない予定です。
そのような経緯がありまして、私の中では社長になったということは緩やかな世代交代のための1ステップでしかないつもりだったのですが、予想以上にたくさんの方にお祝いの言葉と激励の言葉をいただいてびっくりしました。うれしくもあり、いくらか照れくさくもありました。
上記のような事情ですので、現場での仕事も当面はそのまま続行する予定です。もちろん、「緩やかな世代交代」は私より下の世代でも進めていかないといけませんので、若いメンバーにもどんどんフロント側に出てきてもらうつもりです。社長という肩書になったことは、そのような変化を進める上での推進力になると思います。
肩書は少し変わりましたが、これからも気楽に声をかけていただければ嬉しく思います。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。